小説第2弾 Only Yesterday

Only Yesterday (ヤマモト家の60’s)

(1)


ヤマモト家の朝は騒がしい。
「トモコ、早くタカヒロを起こしてきて!」
「なんでだよ~~。わたし時間ないんだから、勝手に寝てりゃいいんだ、あの野球バカ」
「兄さんに、向かってなんてこというのアンタ」
「勉強はしなくて野球ばっかり、家に帰りゃ、食ってばっかり、まったくノーテンキでいいなぁ、タカ兄(に)ぃ」
「誰がノーテンキだって?あ!あ~~~~~~っと驚くタァメゴローー!!まずいじゃん、時間ねえよ」
今流行ってるギャグをいいながらタカ兄ぃが2階から降りてくる。
ハナ肇が「ゲバゲバ90分」て番組で使って以来、日本全国のタメゴローが、あっ、と驚きまくってる今のニッポンだ。
ずびずばぁ~てなことをいいながらテーブルについた。
体中からムダなエネルギーが溢れてる、あ~ヤダヤダ、
汗臭いしさ。なんてデリカシーがないんだろ。
「タカ兄ぃが早く起きないからだよ、てそれ、わたしの目玉焼きじゃん!人のを食うな!」
「オマエ、かりにもいちおう女の子だろ、食うとかいうんじゃないよ!まったく」
タカ兄ぃは高校3年で野球部員だ、今年の夏の甲子園が最後のチャンスなのだ。
どうせ地方大会の2回戦ぐらいで負けるに決まってるのに、ひとりではりきっている。

「おい、トモコ、おまえ、そのスカートずいぶん短いんと違うか?」
いきなり新聞からにょきっと顔を出したのは父さんだ。静かなのでわからなかった。
「いくら流行ってるからってやめなさいよ、あれはモデルだから似合うんだから、先生はナンにも言わないの?」
母さんが呆れて言う。
「その前にちんちくりんの足が短い日本人のオマエに似合うかよ、鏡、見な~」
へっへとタカ兄ぃが笑う。くそ~~、顔だけかと思ったらクチも悪いのだ、この筋肉野郎。
しかし、言ってることが不本意ながら当たっているっていうのが悔しい。
トモコの部屋にはジュリーのポスターとともにツイッギーの写真がぺたぺた貼ってある。
目がすご~く大きくて体は細くて、小枝のように長~い足。
彼女が日本にミニスカート旋風を連れてやってきた。
そのおかげで日本中の婦女子がタカ兄ぃいうところの勘違いをして街中を歩き回っているのだった。
そのくせタカ兄ぃのような男どもは彼女たちが階段を上るたびに鼻の穴おっぴろげて下から見上げたりなんかするのだ。
アホな生き物だ男って。
「ケンはどうした遅いな。まだ寝てるのか?」と父さんが言った。
一番上のケン兄さんは大学3年生だ。タカ兄ィと違って、やさしい。
しかも顔もジュリー並に美しい。トモコは友達にいつも羨ましがられる。
彼はヤマモト家の奇跡と呼ばれている。
タカ兄ぃと違って少しばかり気が弱いところがあるが、そこんところが「母性本能」をくすぐると友達の
一人のあっちゃんが言っていた。
しかし、中2の女子に母性本能をくすぐられるケン兄さんてどうなんだ。
しかし、その気が弱いケン兄さんが後日とんでもないことをするとはトモコも家族も知る由もなかった。


トモコは今中学2年だ。
1年のときの担任は24歳の音楽担当の男性教師だった。
並べられた単語から容易に連想されるのは、女子からモテそう、生徒に理解がありそう。友達みたいな人気者。
というところだろう。
トモコも最初はそう思っていた。「当たり」かもしれない。クラスメートもそう思っていた。
しかし、この教師はテレビの青春ドラマに出てくるのと違って背が高くない。いや、はっきり言って低い。
足も短い。
ここでまず、第1次審査落選である。
そのくせ顔がデカイ。
その顔に大人のクセににきびがぶつぶつとできている。
「いや~~ん、気持わる~~~い!」
却下である。却下!
大人といっても大学出たての24歳である。まだホルモン分泌がバリバリなのだ。ムリもない。
しかし(当時)12歳のトモコたちからみたら、一回りも違うのだ。
こどもは残酷だ。この先生、ヘン!という結論に達した。
なんとも単純だがイヤなものはイヤなんだ!なのである。
だが、当の教師は生徒の気持がわかるのは若いオレだ、と思ってる節があるらしく、今流行りの話題に首をつっこみ、ヘタなジョークを言い生徒といっしょに笑って(もらって)いる。しかも女子にやたらと優しい。
「ワザトラシイ」
トモコたちの冷ややかな視線は自分に酔っているこの教師にはわからないのであった。
2年になってからの担任は40も半ばを過ぎたおじさん先生であるが、トモコたちは生徒に媚びないぶん、信用できると本能的に感じていた。
クラスの女子はジュリー派とショーケン派、ビートルズ派とストーンズ派に分かれ、今週の「ザ・ヒットパレード」の第1位はナンだったとか休み時間はかまびすしい。

世間では学生と機動隊が全国各地で衝突し、NHKの夕方のニュースはいつも「今日の北爆は・・」から始まり、トモコたちはベトナムの村にナパーム弾が降りそそぐ画面を見ながら晩ご飯を食べるのであった。

そんなある日の夕方、となりのホシノのおじいちゃんがバタバタと駆けこんで来た。
勝手しったるひとの家である。
がらっと玄関を開けるなり丁度そこにいたトモコのおじいちゃんに向かって叫んだ。
「アンタんとこのケンちゃんが不良になったぞ!」
「あ?!」
居間にいたトモコも母さんも父さんもタカ兄ぃもそれぞれ、茶碗や新聞や孫の手や爪切りを持ったまま飛び出した。

つづく



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